日記・雑感
May 15, 2012
研究でも仕事でも、すぐに成果を出すことは難しい。
急いで急いでがんばっても、自分が期待している以上のスピードでものが進むなんて事はまずないし、仕掛けてばかりで周りを見ずに突っ込んだ挙句に失敗することも多い。経験上、頭が焦ってしまうと、まともな思考力が働かないし、ろくなことはない。
でも、そうはいってものんびり構えていたら、何にも前に進まないのも事実。
特に厄介なのは、バランスを取れているなとか自分で思っているときには、まず間違いなくスピードが遅すぎだということ。
最前線で勝負を続けるためには焦ってはいけないのだけれども、一方で全速力で進まなくてはいけないのだ。
会社の期首の時期(つまり今だ)は、毎年焦りがちなで、自分を落ち着けながら鞭を打つという一見矛盾したような感じになる。
言うまでもなく、自分が今、焦っているかを把握することも、とても大切。
その昔、セルフコントロールの本を何冊か読んだことがあって自分にあった自分の見つめ方みたいなものをいろいろ試したことがある。結局、良くわかりませんでした、というのが結論だったんだけど、それでもいくつか今でも実践している癖みたいなものもあって、なんかうまくいかんな、というのが一杯になってきたら急に思い出したりする。個人的には、筋トレやランニングなんかも、自分と向き合うには良いアクティビティ。
ところで、大学時代から植物をいじってきて、今でも趣味で(たまに仕事で)植物を育てているわけだけど、最近、植物で実験しているときの時間の感覚が、いま自分の仕事の時間のイメージに似ているな、と感じることがある。1シーズンに1回の集中のものもあれば、毎日水遣りのものもある。そういうのの全体マップをいつもイメージしながら、研究室時代は温室の中の植物を、今は仕事や観葉植物に向き合っている。
植物屋ならではのモノサシで、仕事を計っているわけだけど、残念ながら、こういう感覚はなかなか人に共感されにくい。
急いで急いでがんばっても、自分が期待している以上のスピードでものが進むなんて事はまずないし、仕掛けてばかりで周りを見ずに突っ込んだ挙句に失敗することも多い。経験上、頭が焦ってしまうと、まともな思考力が働かないし、ろくなことはない。
でも、そうはいってものんびり構えていたら、何にも前に進まないのも事実。
特に厄介なのは、バランスを取れているなとか自分で思っているときには、まず間違いなくスピードが遅すぎだということ。
最前線で勝負を続けるためには焦ってはいけないのだけれども、一方で全速力で進まなくてはいけないのだ。
会社の期首の時期(つまり今だ)は、毎年焦りがちなで、自分を落ち着けながら鞭を打つという一見矛盾したような感じになる。
言うまでもなく、自分が今、焦っているかを把握することも、とても大切。
その昔、セルフコントロールの本を何冊か読んだことがあって自分にあった自分の見つめ方みたいなものをいろいろ試したことがある。結局、良くわかりませんでした、というのが結論だったんだけど、それでもいくつか今でも実践している癖みたいなものもあって、なんかうまくいかんな、というのが一杯になってきたら急に思い出したりする。個人的には、筋トレやランニングなんかも、自分と向き合うには良いアクティビティ。
ところで、大学時代から植物をいじってきて、今でも趣味で(たまに仕事で)植物を育てているわけだけど、最近、植物で実験しているときの時間の感覚が、いま自分の仕事の時間のイメージに似ているな、と感じることがある。1シーズンに1回の集中のものもあれば、毎日水遣りのものもある。そういうのの全体マップをいつもイメージしながら、研究室時代は温室の中の植物を、今は仕事や観葉植物に向き合っている。
植物屋ならではのモノサシで、仕事を計っているわけだけど、残念ながら、こういう感覚はなかなか人に共感されにくい。
May 14, 2012
仕事柄、いろいろな人に会う機会が多い。
それで、最近強く思うのは、どういう人と会ってどういう話を聞くか、がとにかく大切だということ。
少なからず、自分の思考のトレンド(といえばいいのかな?)は、会った人に影響される。
ここ2週間くらいは、世界の話。未来の話。そういう事を真剣に話す人たちが周りに多い。
だから、そういうことばっかりを考えている。
そういうとてもスケールの大きい話に触れられているのは、うれしいこと。
きっと、それを続けていくと、やがてそれが自分のスタンダードになるんだろう。
そうやって、自分に良い刺激を与え続ける、そういう場に自分を置きに行く、というのが成長のために大事なんだなと感じている。
言うまでもなく、刺激を受けて気持ちだけ大きくなっても駄目だから、必死になって考え、学ぶ姿勢は大事。
それで、最近強く思うのは、どういう人と会ってどういう話を聞くか、がとにかく大切だということ。
少なからず、自分の思考のトレンド(といえばいいのかな?)は、会った人に影響される。
ここ2週間くらいは、世界の話。未来の話。そういう事を真剣に話す人たちが周りに多い。
だから、そういうことばっかりを考えている。
そういうとてもスケールの大きい話に触れられているのは、うれしいこと。
きっと、それを続けていくと、やがてそれが自分のスタンダードになるんだろう。
そうやって、自分に良い刺激を与え続ける、そういう場に自分を置きに行く、というのが成長のために大事なんだなと感じている。
言うまでもなく、刺激を受けて気持ちだけ大きくなっても駄目だから、必死になって考え、学ぶ姿勢は大事。
May 07, 2012
今日は、個人的な話。
年初に目標を立てて、結局達成できずに終わるというのが常だけど、今年に関しては結構よい感じで続けられていることがひとつある。
それは、英語を学ぶこと。学生時代からどうにも英語が苦手でこれまで逃げ回ってきてしまった。お恥ずかしい限り。でも、今年に関しては、何だかうまく軌道に乗って毎日毎日ちゃんとトレーニングができている。単語を覚えるだけの日もあれば、英会話にチャレンジする日もあるわけだけど、毎日触れるという目標はほぼ達成しながら、ようやく1年の半分くらいが過ぎた。
なんで続けられているのかといえば、、なんでだろう。よくわからない。その昔「心を新たにして目標を立てる」なんていうのは無意味で実行性がないと某有名なコンサルタントの人が言っていたけど、今回に関しては、元旦に立てた目標がちゃんと続いている。
あえて考えれば、思い当たる理由は2つ。
ひとつは、もう避けられないと本気で観念したこと。本気というのが大事なこと。これまでも「話せたらいいな」、と思ってはいたけど、別にそこまで追い詰められる環境はなかった。でも、リバネスという会社が成長してグローバルな動きも活発になる中で(別に英語が話せる=グローバルなわけではないだろうけど、前提としての英語力や中国語力ってどうしても必要)、言葉の壁なんてところで足を止めている場合ではないと、本当に痛感しているというのは大きい。焦っているといってもよいかもしれない。学生時代に留学を経験した仲間たちを見て、今更いろいろ考えたって、何も解決しない。飛び込んでしまえば簡単だよ、と皆言う。そして、それは事実だろうけど、ただ、元来あまり社交的ではないのでどこかに「飛び込む」には、自分の中にそれなりの理由付け(苦境や煮つまり感みたいなもの)を自分に求めてしまう。
ふたつめは、徹底的に自分にあった学習スタイルを作って、それが見事にハマったということ。これは本当に大きい。いろいろな学習ツールを試して、人から薦められた本も読みまくって、工夫をした。どのツールがいいよ、みたいな話は、個人の向き不向きや生活スタイルにかなり依存すると思うから別に紹介はしないのだけど(気になる人は個人的に連絡ください。別にもったいぶる話でもないので。)、本だけでなく電車や寝床の中でスマホで勉強したり、たまに面と向かってプレゼンする機会を作ったり、そういういろいろがうまく自分の中でシナジーを生んでいる。
必要に迫られないと苦手なことをやらない癖はよくないのだけど、それに突っ込んでいって、その先が見えてっていう流れは、とても気持ちがいい。特に30歳も半ばに近づいてくると、好きなもの、得意なもの、嫌いなもの、苦手なものが固まってきてしまって(そして周りの人たちもそれを知っているもんだから気を使ってくれちゃったりして)、自分という存在が固定された塊みたいに感じることがある。どのようにしてそれにあがなって己を成長されるかというのが個人的には最近の大きなテーマ。
ところで、このGWで息子が自転車に乗れるようになって、四則演算なんかも教えてみたらちょっとだけできるようになって、親としてはとてもうれしい。でも、そういうスイスイ進む成長を間近で見ていて痛感するのは、訓練的な学習は、できるだけ早いうちに手をつけたほうがいいということ。英語にしろ、なんにしろ、一朝一夕で身につくものはなくて、しっかりとした目標を立てて、コツコツ進むこと以外に道はないわけだけど1分でも早く手をつけたほうがいい。事実として、子どものころに比べて34才の脳みそが学ぶスピードは明らかに落ちていて、そして、何歳だろうが明日より今日のが1日分だけ若いのだ。
ちなみに、このGWで新たにひとつ新たな目標を立てた。自分が何にチャレンジして、どのように成長するかをプランニングできるのは、(当たり前の話なんだけど)本当に自由だ。
半年コソ練して、まだ続いていたら公開しようと思っている。
年初に目標を立てて、結局達成できずに終わるというのが常だけど、今年に関しては結構よい感じで続けられていることがひとつある。
それは、英語を学ぶこと。学生時代からどうにも英語が苦手でこれまで逃げ回ってきてしまった。お恥ずかしい限り。でも、今年に関しては、何だかうまく軌道に乗って毎日毎日ちゃんとトレーニングができている。単語を覚えるだけの日もあれば、英会話にチャレンジする日もあるわけだけど、毎日触れるという目標はほぼ達成しながら、ようやく1年の半分くらいが過ぎた。
なんで続けられているのかといえば、、なんでだろう。よくわからない。その昔「心を新たにして目標を立てる」なんていうのは無意味で実行性がないと某有名なコンサルタントの人が言っていたけど、今回に関しては、元旦に立てた目標がちゃんと続いている。
あえて考えれば、思い当たる理由は2つ。
ひとつは、もう避けられないと本気で観念したこと。本気というのが大事なこと。これまでも「話せたらいいな」、と思ってはいたけど、別にそこまで追い詰められる環境はなかった。でも、リバネスという会社が成長してグローバルな動きも活発になる中で(別に英語が話せる=グローバルなわけではないだろうけど、前提としての英語力や中国語力ってどうしても必要)、言葉の壁なんてところで足を止めている場合ではないと、本当に痛感しているというのは大きい。焦っているといってもよいかもしれない。学生時代に留学を経験した仲間たちを見て、今更いろいろ考えたって、何も解決しない。飛び込んでしまえば簡単だよ、と皆言う。そして、それは事実だろうけど、ただ、元来あまり社交的ではないのでどこかに「飛び込む」には、自分の中にそれなりの理由付け(苦境や煮つまり感みたいなもの)を自分に求めてしまう。
ふたつめは、徹底的に自分にあった学習スタイルを作って、それが見事にハマったということ。これは本当に大きい。いろいろな学習ツールを試して、人から薦められた本も読みまくって、工夫をした。どのツールがいいよ、みたいな話は、個人の向き不向きや生活スタイルにかなり依存すると思うから別に紹介はしないのだけど(気になる人は個人的に連絡ください。別にもったいぶる話でもないので。)、本だけでなく電車や寝床の中でスマホで勉強したり、たまに面と向かってプレゼンする機会を作ったり、そういういろいろがうまく自分の中でシナジーを生んでいる。
必要に迫られないと苦手なことをやらない癖はよくないのだけど、それに突っ込んでいって、その先が見えてっていう流れは、とても気持ちがいい。特に30歳も半ばに近づいてくると、好きなもの、得意なもの、嫌いなもの、苦手なものが固まってきてしまって(そして周りの人たちもそれを知っているもんだから気を使ってくれちゃったりして)、自分という存在が固定された塊みたいに感じることがある。どのようにしてそれにあがなって己を成長されるかというのが個人的には最近の大きなテーマ。
ところで、このGWで息子が自転車に乗れるようになって、四則演算なんかも教えてみたらちょっとだけできるようになって、親としてはとてもうれしい。でも、そういうスイスイ進む成長を間近で見ていて痛感するのは、訓練的な学習は、できるだけ早いうちに手をつけたほうがいいということ。英語にしろ、なんにしろ、一朝一夕で身につくものはなくて、しっかりとした目標を立てて、コツコツ進むこと以外に道はないわけだけど1分でも早く手をつけたほうがいい。事実として、子どものころに比べて34才の脳みそが学ぶスピードは明らかに落ちていて、そして、何歳だろうが明日より今日のが1日分だけ若いのだ。
ちなみに、このGWで新たにひとつ新たな目標を立てた。自分が何にチャレンジして、どのように成長するかをプランニングできるのは、(当たり前の話なんだけど)本当に自由だ。
半年コソ練して、まだ続いていたら公開しようと思っている。











































